続けようとしなくていい理由

続けようと思った瞬間、
なぜか重くなることがあります。

今日からちゃんとやろう。
今度こそ続けよう。

そう決めたはずなのに、
数日後には手が止まっている。

掃除に限らず、
多くのことがそうでした。

続けたいはずなのに、
続けようとすると、遠ざかっていく。

この違和感には、
ちゃんと理由があります。

続けようとした瞬間、続かなくなる

「続ける」と意識した途端、
行動は特別なものになります。

今日はやる日。
今日はやらない日。

そんなふうに、
日常から切り離されていく。

掃除が続かないとき、
多くの場合、
掃除そのものが原因ではありません。

続けようとしたことが、
負担を生んでいます。

日常に戻らない行動は残らない

行動が続かないとき、
それはたいてい
日常の外に置かれています。

時間をつくってやる。
気合を入れてやる。
休日にまとめてやる。

どれも悪くありません。
でも、それは「イベント」です。

イベントは終わります。
日常には戻りません。

生活の中に戻らない行動は、
いずれ消えていきます。

続いている人は、やっている感覚がない

不思議なことですが、
掃除が自然に続いている人ほど、
「続けている」という感覚がありません。

本人はただ、
いつもの流れの中で動いているだけ。

特別なことをしている意識がないから、
やめる理由も見当たらない。

それは意志の強さではなく、
生活の流れと
行動が重なっている状態です。

やめるのは、続けるため

ここで、
少し逆の話をします。

続けたいなら、
一度やめてみる。

続けようとするのを、
やめてみる。

意識を外して、
生活に戻す。

手放したあとに残ったものは、
無理のない形です。

続いているのは、
頑張った結果ではありません。

削ったあとに、残ったものです。

では、
生活の中に戻すとは
具体的にどういうことなのか。

その続きは、
また書きます。